7月29日の沖縄歴史:対馬丸語り部死去、興南高校射撃優勝など
7月29日沖縄歴史:対馬丸語り部死去、興南優勝など

沖縄の戦争と平和の記憶

1944年8月に米潜水艦の攻撃で沈没した疎開船「対馬丸」の生存者で、語り部として活動した平良啓子さんが大動脈解離のため2023年に死去した。88歳だった。

1965年には沖縄から発進したB52が南ベトナム民族解放戦線地区を爆撃。1969年には毒ガス兵器即時撤去要求県民大会が開催された。

司法と政治の動き

2010年、普天間飛行場の周辺住民約390人が米軍機の夜間・早朝飛行差し止めと騒音被害の損害賠償を求めた普天間爆音訴訟の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部がヘリ特有の低周波音と精神的被害との因果関係を初めて認定した。

2000年には社民党が東門美津子衆院議員の副党首選出を決定した。

スポーツの栄光

2019年、ライフル射撃の全国高校選手権大会10メートルエアライフル立射女子40発団体で、興南高校(根間璃美花、宇久田ノエル、宮城汐李)が初優勝。県勢の団体優勝は初めてだった。

1992年にはバルセロナ五輪の体操男子団体総合で知念孝が銅メダルを獲得した。