東野圭吾のミステリー『白鳥とコウモリ』が、シネマQとライカムで上映中だ。犯人が捕まって捜査が終了するはずが、そこから物語が始まることも多い東野作品らしく、今回も被害者家族と加害者家族が抱える小さな違和感を発端に、事件は思わぬ方向へ転がり始める。
人間の善意が嘘から始まるとき
映画評論を担当するスターシアターズの榮慶子氏は、東野圭吾のミステリーについて「人間模様が幾重にも描かれ、そして切ない」と評する。犯罪を肯定するわけではないが、犯罪に至った人間のどうしようもない性(さが)や心情を、これでもかと描いてくるという。
人の善意や思いやりが嘘から始まれば、どこかでほころびが生じるのは致し方ない。しかし、心のどこかで「ばれなければいいのに」と思っている自分に驚かされる、と榮氏は語る。
真実の持つ二面性
真実は人を救いもするが、同じ強さでたたきのめしたりもする。榮氏は「容疑者Xの献身」を例に挙げ、「犯罪者にこんなに加担していいものかと思うほどに涙を絞られたが、同じ種類の感情が渦巻いていくのを止められなかった」と振り返る。
『白鳥とコウモリ』もまた、そんな感情を呼び起こす作品だ。犯人が捕まって終わるのではなく、そこから始まる人間模様に注目が集まる。