沖縄県知事選で玉城デニー氏を大差で破った古謝玄太氏は、米軍普天間飛行場の辺野古移設を容認するとともに、自衛隊などが平時から円滑に利用できるよう整備する「特定利用空港・港湾」について、政府の指定に協力する意向を示している。注目されるのは、古謝氏が求める普天間飛行場の返還期日の明示問題だ。政府はこれにどう答えるのか。
知事選で変わる基地行政
米軍基地が集中する沖縄では、知事選によって振り子が反対側に振れて県政の主役が交代すると、基地行政が変わり、国と県の関係が変わる。政府が沖縄県知事選をことのほか重視するのはそのためだ。
保守の西銘順冶知事が最初に取り組んだのは、革新県政が拒んできた自衛官募集業務を始めること、米軍の104号越え実弾射撃演習を認めることだった。大田昌秀知事は、普天間飛行場の代替施設として浮上した海上ヘリポートについて、橋本龍太郎首相と何度も会談を重ね、悩んだ末に反対を表明する。
歴代知事の対応と「オール沖縄の時代」
稲嶺恵一知事は、代替施設に使用期限を設け軍民共用空港にするとの条件で容認した。仲井真弘多知事は、安倍晋三首相との会談を経て、辺野古の埋め立て承認を表明。この問題は新たな段階を迎えることになる。
辺野古反対の旗を掲げて政府と対峙した翁長雄志知事と玉城デニー知事。12年にわたる「オール沖縄の時代」は、政府による「冷遇措置」が表面化した時代でもあった。
返還期日明示を求める動き
知事選への立候補を取りやめ、古謝氏支援に回った下地幹郎氏も、鈴木俊一自民党幹事長と交わした合意書で返還期日の明示を求めている。地元宜野湾市の市民団体などでつくる「チーム宜野湾」も、政府に返還期日の明示を求める要請行動を行った。
普天間飛行場の一日も早い危険性除去と、返還期日の明示は、幅広い県民要求になりつつある。
返還の課題と政府の姿勢
現行計画で返還は、最短でも2036年以降とされるが、軟弱地盤の改良が難工事な上に新たな問題も表面化している。普天間に代わる長い滑走路を確保しない限り普天間は返還されない、と米国防総省が明らかにしていることだ。普天間の滑走路(約2800メートル)と同程度の滑走路を持つ空港は、那覇空港と下地島空港しかない。
普天間飛行場は国連軍の基地に指定されている。米軍は、普天間に代わる国連軍使用の飛行場を求めているのだろうか。下地島空港は「屋良覚書」や「西銘確認書」で民間航空以外の目的で使用しないことを確認している。那覇空港は自衛隊機の事故が相次ぎ、軍民共用の問題点が表面化したばかり。普天間の返還条件である「緊急時における民間施設の使用」が具体的に何を意味するのかも、日米両政府は明らかにしてない。真っ先に改めるべきは、説明を避けたがる政府の姿勢である。