対馬丸撃沈82年 継承へたゆまぬ努力を 新たな遺族会も
対馬丸撃沈82年 継承へたゆまぬ努力を 新たな遺族会も

学童や一般人ら1788人を乗せた疎開船「対馬丸」が、米潜水艦に撃沈されてから22日で82年となった。氏名が判明しているだけで1484人が犠牲となり、うち学童は784人に上る。

遺影の提供呼びかけ続く

1944年8月21日夕、疎開学童や一般の疎開者らを乗せて那覇港を出航した対馬丸は、翌22日夜、トカラ列島悪石島付近で米軍の魚雷攻撃を受け沈没した。無垢な子どもたちが大勢犠牲になった事件は、戦争の悲惨さと愚かさをまざまざと伝える。

ことしも対馬丸記念館には、遺族らから新たに提供があった8人の遺影が掲示された。これで426人となったが、館内の遺影は犠牲者の4分の1にとどまる。記念館に初めて来館し、遺影がないことに気付いた遺族もいた。

生存者は年々減少し、記憶の継承が大きな課題となっている。写真や名前は生きた証しであり、戦争の教訓をじかに私たちに伝えてくれるものだ。今後も可能な限り提供を呼びかけてほしい。

演劇や新たな遺族会の動き

対馬丸の悲劇を、俳優や県内の子どもが演劇を通して伝える取り組みもある。公演を鑑賞するだけでなく実際に演じることで、より深く事件の実相を知ることができる試みだ。来年8月には東京での公演も予定されているという。

次世代への継承に向け、遺族の間でも新たな動きが出ている。昨年11月、多くの遺体が流れ着いた鹿児島県奄美大島の宇検村での慰霊祭に、遺族が初めて団体で参列。これを機に、新たな遺族会が結成された。

1945年以前に生まれた「戦前生まれ」の人口は、県内総人口の8%を切ったとされ、戦争の記憶継承は非体験者から非体験者に受け継がれる時代に入っている。新たな遺族会には、孫やひ孫世代になっても慰霊の心を引き継ごうとの遺族らの思いが込められている。

国も責任果たすべき

28年ぶりの国の水中調査で、潜水艦の魚雷攻撃を受け船体に大きな穴が開いた対馬丸の姿も明らかになった。戦争の教訓を後世に伝えるため、国も責任を果たし続けるべきだ。

戦争の最大の犠牲者はいつも子どもたちだ。世界各地では今もなお、同じ過ちが繰り返されている。イラン攻撃では小学校が誤爆されるなど多数の子どもたちが死傷した。パレスチナ自治区ガザでも多くの子どもが犠牲になっている。

子どもたちの命を守るためにも、今こそ過去に学ぶ営みが重要だ。しかし、今の社会はかつての教訓を忘れ、戦争を正当化する空気が漂う。教訓を学び平和を尊ぶ気持ちを育む平和学習も岐路に立たされている。戦争を起こさないために、継承する努力を止めてはならない。