東京大学経済学部3年の津波克樹さん(21)は、一浪を経て2024年4月に東大へ入学した。昭和薬科大学付属中学・高校出身で、現役時は理科一類を受験して不合格となり、浪人時に文科二類へ志望を変更して合格した。津波さんは東大を目指した動機について「権威を否定するため」と語る。
「不純な動機」から始まった挑戦
津波さんが東大を意識し始めたのは中学3年生の時。二つ年上の彼女が東京の女子大を目指していると聞き、「じゃあ自分は東大でも行くか」と思ったのが最初のきっかけだったという。「最初はめちゃくちゃ世俗的というか、不純な動機でした」と振り返る。
その後、沖縄という環境に閉塞感を抱くようになり、「このままだと自分の可能性が広がらないかも」と感じ始めた。また、世間で「ガリガリに勉強して高い偏差値を取り、いい大学に入って、一流企業に就職する」ことが良いとされる現状に対して、「それって、どうなんだろう」という疑問も持っていたという。
「東京大学というのも『国内の大学の最高峰』という一つの権威ですよね。でも別の大学に入って『東大なんて大したことない』って言っても、ただの負け惜しみにしか聞こえないじゃないですか。権威をちゃんと否定するためには、一度その権威のトップに入って、同じ土俵に立つ必要があると思ったんです」
東大生の思考のメカニズム
実際に入学してみると、東大生の考え方の特徴が見えてきたという。「よく世間では『地頭の良さは生まれつき(先天的)なものだ』と言われますが、僕は完全に後天的だと思っています」と津波さんは話す。
「東大生の特徴として『人の話をものすごくよく聞いて、自分の意見を発信する』というアウトプットの習慣が日常化しています。例えば、選挙期間中に大学の食堂に行くと、そこら中の学生が普通に政治や社会の話で議論を交わしているんです」
「この『新しい情報に触れて、自分の頭でかみ砕き、意見をアウトプットする』という脳の構造は、実は東大の入試問題の構造や、学習とかなり似ているんです。彼らはそういう質の高い思考のキャッチボールを、幼少期から10年、20年と日常レベルで積み重ねてきています。その結果として『思考する癖』が付き、それが周囲には『地頭』として現れているだけだと思うんです」
進学校・昭和薬科の進度と現役時代の葛藤
津波さんが通っていた昭和薬科大学付属は、進度が非常に速いことで知られる。「中学3年生の段階で高校1年生の勉強が始まります。数学、化学、物理といった理系科目はすべて高校2年生のうちに高校3年生までの全範囲が終わります。高3の丸1年間はすべて受験に向けた演習に費やすカリキュラムで、これは県外の有名進学校と完全に同じスピード感ですね」
津波さんは中学の終わり頃から大手予備校の東進に通い、高校2年生の前半からは東京の「鉄緑会」のオンライン通信講座も併用していた。しかし、現役時は理科一類を受験して不合格となった。
その原因について、「一番は精神的な話で、メンタル面が完全に崩れてしまったことです」と語る。「昭和薬科って、多くの生徒が当たり前のように『医学部』を目指す独特の空気感があるんですね。でも、自分の模試の成績や本当にやりたいことと、周囲の空気感との間にギャップが生まれて気持ちが沈んでしまう生徒もいました。僕自身もその雰囲気に完全に飲まれてしまい、受験前には不眠がちになったり、食欲もなくなったりして、心身ともにきつかったですね」
また、「理系科目、物理とかが苦手だったので、単純な実力不足もありました。ですが、それ以前にしっかりと受験に向き合える精神状態ではなかったです」と振り返る。現役時は他の大学を一切受けず、東大1本に絞って失敗したが、「最初から1浪まではしようという覚悟を決めていたので、そこまでは頑張ろうと考えていました」という。
後編では、浪人時代の経験が受験生活を一変させたという津波さんの「呼吸をするだけで成績が伸びた」という浪人生活、効率性や定着を突き詰めた学習方法、そして将来に対する考えを紹介する。