沖縄戦を経験した池原盛憲さん(91)=読谷村出身=は、山中での生活を振り返り、空腹を「ヤーサン」、マラリアにかかった悪寒を「ヒーサン」、シラミがわいたかゆさを「イーゴーサン」と表現する。弟と祖父が山中で餓死した。
戦時体制に一変した学校生活
古堅国民学校の3年生だった1944年、日本軍が読谷村に殺到した。校舎を宿舎として徴用され、平和な学校生活は一転、戦時体制になった。
授業をやめて山に移動し、先生の「突撃」の合図でチャンバラのような戦争ごっこをした。
激化する空襲と飢え
10・10空襲を経て45年に入ると空襲が激化した。池原さんはツワブキを食べて飢えをしのいだという。
空腹や寒気、かゆみを沖縄の方言で表現しながら、過酷な体験を語り継いでいる。