おきなわ女性財団(亀濱玲子理事長)は、県が制作した「戦後80年おきなわ女性のあゆみ」から学ぶ連続講座を9月に開始した。沖縄の平和や社会の発展に女性たちが果たしてきた役割を再認識し、参加者自身の暮らしや社会との関わりに重ね合わせて「自分ごと」として捉え、沖縄の未来を考える場とする取り組みだ。
第1回「時代を切り拓いてきた女性たち」
講座は「基地と平和」や「権利獲得から多様性へ」などをテーマに、12月まで計5回を予定。8日は「時代を切り拓(ひら)いてきた女性たち」をテーマに第1回が開かれた。講師は元副知事で県内初の女性首長、国会議員となった東門美津子さん(オンライン出演)、おきなわ女性財団前理事長の大城貴代子さん、沖縄石油ガス会長の幸喜徳子さん。進行役はフリージャーナリストの山城紀子さんが務めた。
東門さんは副知事在任中の1995年、3人の米兵による少女への性的暴行事件が起きた際、北京で開かれた世界女性会議へ沖縄からの派遣団の顧問として参加した直後に事件を知った。国際的な場で女性の「人権」が明確に打ち出されたばかりで、東門さんらは当時県職員だった大城さんらと「何かしないといけないのでは」と話し、高里鈴代さんらと緊急会見を開いて事件に抗議した。
女性たちの結束が県民大会へ
女性たちの抗議や集会が重なり、同年10月には8万5千人が参加した県民大会へつながった。東門さんは「大田昌秀知事が少女の人権、尊厳を守れなかったと悔しがっていたのが心に染みた。今も続く状況に私たちはどう対抗できるのかずっと考えている」と振り返った。
大城さんは山口県出身で、青年団活動の交流をきっかけに日本復帰前の沖縄へ移住。琉球政府や県職員として女性政策に携わった。長男が生後3カ月の時に採用されたが、仕事で職員の茶わん洗いやコーヒーを出すことを求められた。家の茶わんも洗わずに出勤したのに「こんなことのために難儀して入ったのかなとがっかりした」と当時を振り返った。
当時は育児時間をまとめて取得することが認められていなかったが、団体交渉の末に実現。労組婦人部で活動し、県女性団体連絡協議会(当時の婦団協)結成大会にも参加した。「宮里悦さんらそうそうたるメンバーがものすごいエネルギーと熱気で女性の団結を訴えていた」と語った。
エンパワーし続ける決意
幸喜さんは高校教諭を経て日本航空の国際線客室乗務員となり、世界を飛び回った後に結婚して専業主婦になったが「いつかまたバリバリ働きたい」と考え、さまざまな資格取得に挑戦。県国際交流財団の専務理事や県公安委員会の委員長、琉球大同窓会長なども歴任し「男性も女性も同じ能力を持っている。どのポジションに置かれても女性だからできないと思わず、堂々と自分の目指すところに視点を置き、精いっぱい頑張ろうという意気込みで生きてきた」と話した。
山城さんは自身の取材経験を語り、国連婦人の10年(76―85年)に触れ「沖縄でもさまざまなムーブメントがあり、女性同士が出会い語り合うことの大切さを知った。女性同士でエンパワーすることを絶えず続けていきたい」と述べた。
第2回は10月24日に開催
第2回は10月24日午後1時半から、那覇市の県男女共同参画センターてぃるるで開かれる。県の「戦後80年おきなわ女性のあゆみ」は、戦後の沖縄で活躍した109人の女性たちの歩みを立法・行政や経済・産業、学術研究などの分野ごとに経歴やエピソードをまとめ、公式サイトで公開中。本年度中に印刷・製本し、県内図書館や自治体に配布する予定だ。