2004年に宜野湾市の沖縄国際大学へ米軍ヘリコプターが墜落してから、きょうで22年が経過した。依然として米軍機が学校や住宅地の上空を行き来する危険な状況は変わっていない。基地の早期返還は当然だが、まず今ある危険性の除去に向けた取り組みが急務だ。
墜落事故と地位協定の問題
22年前、沖国大に隣接する米軍普天間飛行場から飛び立った米海兵隊CH53D大型輸送ヘリが大学の1号館に接触して墜落、炎上した。米兵が市道や大学を封鎖し、県警も締め出すなど日米地位協定の問題も露呈した。
沖国大の墜落事故の後も、米軍機の墜落事故や不時着、窓枠や部品の落下が後を絶たない。
事故件数と外来機の増加
沖縄県のまとめによると、1972年の沖縄の日本復帰から昨年12月までに、県内(周辺水域を含む)での米軍機関連の事故件数は946件あり、墜落は49件あった。
普天間飛行場には、所属機ではない外来機の飛来も年々増加している。2025年度は外来機の離着陸等回数が3826回に上り、目視調査開始の17年度以降、最多となった。外来機の増加で、所属機の存在に加えて騒音や危険性も増える。
県民の不安と政府の対応
この危険な沖縄の空は、いったいいつまで続くのか。「また落ちてくるのではないか」。不安な気持ちで暮らさざるを得ない沖縄の空は異常だ。この危険性を、いますぐ除去してほしいというのが県民の切実な願いだ。
沖国大の墜落事故後に日米両政府は普天間飛行場への進入経路や滑走路周辺を飛行する場周経路について、なるべく民間地を避けるよう見直したと発表した。防衛省は改善されているとするが、実際の航跡図や監視カメラ画像も検証できず、実効性は実感できない。
辺野古移設の行方
日本政府が推進する、普天間飛行場移設に向けた名護市辺野古への新基地建設は、大浦湾側に広がる軟弱地盤の存在から工事完了も見通せない。
新基地が完成しても、新基地よりも滑走路の長い飛行場の確保が返還条件とする米軍側の意向から、普天間飛行場は返還されずに継続使用されるのではとの懸念も広がっている。
運用停止の約束は反故に
かつて安倍晋三首相は、辺野古沖の埋め立て申請を承認した仲井真弘多県知事の求めに応じ、14年2月を起点として普天間飛行場の「5年以内の運用停止」を約束し、閣議決定した。仲井真知事は辺野古工事の進展とは切り離して運用停止の実現を求めたのだった。
しかし日本政府が運用停止に向けて実質的に米側と交渉した形跡は確認されていない。具体的措置はないまま、閣議決定は事実上ほごにされた。
危険性除去へ具体策を
防衛省も普天間飛行場の危険性を認めている。移設の必要性を説明するサイトで普天間飛行場の現状を「世界で最も危険な飛行場と言われています」と言及する。
そうであるならば日本政府・防衛省は、現状の普天間飛行場の危険性の除去に速やかに取り組むべきだ。「辺野古が唯一の解決策」と繰り返す前に、危険性除去の具体策について米側と交渉しなければならない。