「戦争に負けて良かった。本当に平和が一番」と話すのは、那覇市小禄に住む照屋初江さん(94)だ。1932年に旧小禄村で6人きょうだいの長女として生まれた照屋さんは、沖縄戦で泣く弟を背負って壕を転々とし、米兵の呼びかけに救われた経験を持つ。
徴兵された父、叔母宅へ
照屋さんの父は徴兵され、那覇市松尾に住む叔母の家に、母ときょうだいの計7人で転がり込んだ。戦争が始まる前、商売をしていた母は、おなかの周りに大きな三枚肉を巻き付けて、売りに出かけていたという。10・10空襲の日も、母は三枚肉を巻き付けて家を出た。
壕を転々とした日々
沖縄戦が激しさを増す中、照屋さんは泣く弟を背負い、家族とともに壕を転々とした。その中で米兵の呼びかけに救われたという。詳細な体験は、有料記事で語られている。
平和への思い
照屋さんは「戦争に負けて良かった。本当に平和が一番」と語り、戦争のない平和な日常の大切さを訴えている。戦後80年を超え、体験者の高齢化が進む中で、その証言は貴重な記録となっている。