戦後の米統治下や日本復帰の時期にかけて、沖縄から多くの若者が米国に留学した。その中にあって、仲宗根寛隆は米国に残って博士号を取得し、その後、連邦捜査局(FBI)で音声認識を専門とする分析官になるなど異色のキャリアを歩んだ。その半生をたどる。
6人きょうだいの長男として誕生
仲宗根寛隆(79)は1947年6月20日、6人きょうだいの長男として越来村(現沖縄市)照屋に生まれた。
幼少期、父は「医者になるか博士号を取れ」と将来を気にかけていたという。しかし、寛隆が10歳の時に父は他界した。
安慶田小学校での一コマ
提供された写真には、安慶田小学校3年時の姿が写っている。1957年3月、中央の教諭の真上に写る男児が寛隆である。
戦後の混乱期から復帰へと向かう沖縄にあって、留学を志す若者の姿があった。寛隆もその一人として、後に米国で博士号を取得し、FBIの分析官として音声認識の分野で活躍することになる。