法廷通訳に挑んだ元FBI分析官 専門用語の壁に「英語の足りなさ実感」
法廷通訳に挑んだ元FBI分析官 専門用語の壁に「英語の足りなさ実感」

1972年5月15日の日本復帰から間もないある日、仲宗根寛隆(79)は13歳年上のいとこで判事の城間盛俊から「ひろ君、法廷で通訳をしてくれないか」と声をかけられた。裁判所の通訳に空きが出そうだという。

法廷通訳の依頼

仲宗根さんは当時、法廷通訳を務めることになった。専門用語が多く、英語力に不安を感じながらも、依頼を受けることにしたという。

「英語の足りなさを実感した」と仲宗根さんは振り返る。法廷では法律用語や専門的な表現が飛び交い、日常会話とは異なる難しさがあった。

回想録の連載

このエピソードは、元FBI分析官の仲宗根さんの回想を追う連載「声紋を追って・元FBI仲宗根分析官の回想」の第4回として紹介された。沖縄市出身の仲宗根さんは、米同時テロ捜査に貢献し、長官賞も受賞した経歴を持つ。

連載では、琉球大学時代に「米留制度」が打ち切りとなり私費での留学を模索したことや、キングスクールで英語を磨いた思春期の経験なども語られている。

出典:ryukyushimpo.jp