劇作家・脚本家の兼島拓也さんのエッセー連載「つくられた島、埋められた島」第4回。今回は、うるま市の平安座島と宮城島を訪ね、埋め立てでつながった島々の独特な時間の流れを綴る。
深夜のドライブと海中道路
時間と体力を持て余し、お金と意味が欠乏した20代前半。兼島さんは深夜のひとりドライブによく出かけていた。目的地は特になく、音と光が届かない場所を探すように車を走らせたという。
そのなかでも海中道路は常連のドライブコースだった。平安座島に上陸し、直進して宮城島、そして伊計島へ。あるいは右に折れて浜比嘉島へ。暗闇のなか海景の恩恵を受けることもなく、ただ行き着くところまで移動するだけだったが、悪くない趣味だったと振り返る。
宮城島での違和感
昨年、所用で久しぶりに宮城島に行った時のこと。目的地に到着した瞬間、妙な感覚に陥った。「いつ宮城島に上陸したんだっけ?」。海中道路を通って平安座島まで来たのは覚えているが、そこからもうひとつ海を隔てた場所にたどり着いた感覚がなかったのだ。
埋め立てによって陸続きになった島々では、かつて海だった場所を意識しにくくなっている。島を「折る」ように歩くことで、見るものを増やそうとする試みが続く。