「戦争は人が人ではなくなる。絶対にしてはいけない」と語る新田宗信さん(91)は、1935年に北谷村北前(現北谷町)で父・新田蒲戸と母・ツルの三男として生まれた。家族は45歳の母、20歳と13歳の姉、9歳の自分、7歳と5歳の妹の6人暮らしだった。
那覇が燃える光景
フィリピンで事業をしていた父は体調を崩して帰沖したが、1944年に帰らぬ人となった。新田さんは戦時中、那覇が真っ赤に燃える様子を目撃したという。
収容所での再会
終戦後、収容所で家族と再会し、喜びを語った。新田さんは戦争の悲惨さを後世に伝え続けている。