10・10空襲当時9歳だった北中城村の末吉廣志さん(91)は、旧那覇市の西新町に生まれ、上之山国民学校に通った。戦争が近づくと、日本軍の壕掘り作業などに従事した。
「那覇全滅」の報に不安
空襲の報せを受けた際、末吉さんは「那覇全滅」という言葉に不安を募らせた。同級生たちがどこかで生きていてほしいと願いながら、戦時中の記憶を振り返る。
家族の戦争体験
兄と父は防衛隊に所属し、母は大日本国防婦人会のメンバーだった。末吉さんは、家族とともに戦争の時代を生き延びた経験を持つ。
末吉さんは「武力ではなく対話で解決してほしい」と語り、戦争の悲惨さを次世代に伝えることの大切さを訴えている。