辺野古転覆事故7カ月、武石知華さん遺族が初めて思い語る
辺野古転覆事故7カ月、武石知華さん遺族が初めて思い語る

沖縄県名護市辺野古沖で3月16日に小型船2隻が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府京田辺市)2年の武石知華さん=当時17歳=が死亡した事故から、間もなく7カ月となる。家族は10月7日、初めて琉球新報の取材に応じ、学校側や関係者の安全管理などに疑問を投げかけた。

静まり返る自宅、仏壇に笑顔の写真

自宅のリビングに入ってすぐの仏壇には、知華さんの笑顔の写真が飾られている。花やお菓子に囲まれ、生前好きだったおにぎりが一つ供えられていた。

両親や姉にいつも話しかけ、家族を笑顔にしていたという知華さん。今、家の中は静まり返っている。父親は「知華の笑い声が聞こえないとさみしいよ」と声を詰まらせた。

「抗議船」に乗船、教師は同乗せず

知華さんは研修旅行で沖縄を訪れ、辺野古新基地建設現場を海上から見るコースに参加した。生徒18人が乗った、普段は「抗議船」として使われていた2隻は、帰港途中に転覆。教師は乗船しておらず、知華さんは船内に取り残され、命を落とした。

父親は平和学習の意義を認めつつ、「安全がおろそかになってはいけない」と強調。母親も教師が乗船していなかったことや、船の運航団体「ヘリ基地反対協議会」が事故を内部検証している様子が見えないことに疑問を呈した。

「娘を返して」と訴える母親

「こんな責任感のない大人たちのせいで娘の命は奪われないといけなかったのでしょうか」。母親は声を震わせ、「娘を返して」と訴えた。

平和を学ぶために訪れた沖縄で、なぜ娘の命が失われなければならなかったのか。家族の問いは、今も宙に浮いたままだ。

出典:ryukyushimpo.jp