名護市辺野古沖で3月16日、研修旅行中の同志社国際高校(京都府)の生徒らを乗せた船が転覆し、2年の武石知華さん=当時17歳=が亡くなった事故から間もなく7カ月。最愛の娘を突然失った家族は、深い悲しみの中でも「知華への誤解を晴らしたい」と語り、ヘリ基地建設に反対する協議会への不信感は今も消えない。
「沖縄いいよね」と思える場所に
遺族は「知華が沖縄を好きだったことを知ってほしい。沖縄に来て楽しい思い出を作るはずだった」と話す。事故後、一部で娘の行動に対する誤解が広がったことに心を痛めており、「本当の知華を知ってほしい」と願っている。
反対協への不信、今も深く
一方で、ヘリ基地反対協議会(反対協)に対しては「事故後、私たちへの説明が不十分だった」と不信感をにじませる。遺族は「団体としての責任をどう果たすのか、明確な姿勢が見えない」と指摘する。
事故から半年の時点で、反対協は辺野古で献花を行い、「事実と向き合い、団体としての責任を全うする」としていたが、遺族の心は晴れないままだ。
17歳の笑顔、今も心に
武石さんは17歳の誕生日を迎え、ケーキを前に笑顔を見せていた=2025年10月、投稿サイト「note」より。遺族は「知華が『沖縄いいよね』と思えるような場所であってほしい」と静かに語る。その願いは、事故の検証と再発防止が進む中で、今後も受け継がれていく。