那覇市の与儀交差点付近の地中から、約100年前の大正時代初期に架けられたとみられる「与儀橋」が姿を現した。県道222号の道路整備に伴い、市文化財課が発掘調査を実施。6日には地域住民らを招いた現地説明会が開かれた。
石造アーチ橋、生活道路として使用
与儀橋は石造アーチ形で、長さ約5メートル、道幅約4.8メートル。当時、橋の周辺にはガーブ川に合流する小川が流れており、農村だった真和志地域から川を隔てた開南地域へ、人や物資を運ぶ生活道路として使われたとみられる。
1949年には橋を拡張し、道幅を約2倍に広げて「新栄橋」と名称を改めた。近年の道路整備により、橋は地中へ埋められていた。
住民驚き、戦禍免れる
与儀出身者らでつくる「八三会」の城間和夫さん(75)は「川が流れているのは覚えているが、こんな橋があったとは思わなかった」と驚きを語った。
橋には焼けた跡がなく、沖縄戦の影響をほとんど受けなかったとみられる。同課埋蔵文化財グループの狩俣優里学芸員は「戦禍を免れたおかげで橋を見ることができた。これを機に地域の文化財に興味を持ってほしい」と話した。
橋は11日ごろから取り壊される予定。