1944年10月10日の「10・10空襲」時、那覇市にあった那覇郵便局で電話課に勤めていた吉浜朝吉さん(1907~71年)が残した手記が、このほど見つかった。手記には、米軍の爆撃や機銃掃射にさらされながら電話交換業務を続けた状況が記録されている。
「愈々爆撃は市内に集中した」
手記には「愈々爆撃は市内に集中した」と記され、空襲下で那覇郵便局での業務が継続された様子がつづられている。吉浜さんは当時、那覇郵便局の電話課に勤務していた。
空襲下の業務継続を記録
この手記は、那覇市内が火の海となる中で局員が脱出した状況や、空襲下での電話交換業務の継続など、当時の混乱を伝える貴重な記録となっている。関連記事では、地響きの中「生きた心地せず」と感じた局員の証言や、疎開先で「那覇全滅」を聞き泣き崩れた女性の体験も紹介されている。