戦争体験語る屋比久光子さん 魚雷の恐怖、緊張の疎開船 命懸けの薬きょう集め
戦争体験語る屋比久光子さん 魚雷の恐怖、緊張の疎開船

現在も現役で日本舞踊の師範を務める屋比久光子さん(87)=豊見城市真玉橋=が、戦時中の体験を語った。魚雷への恐怖や緊張した疎開船の記憶、命懸けの薬きょう集めなど、当時の様子を振り返る。

豊かな自然に囲まれた子どもの頃

屋比久さんは1938年、9人きょうだいの7番目として豊見城の真玉橋で育った。当時は景色を遮る大きな建物もなく、遠く明治橋まできれいな夕日が見えたという。

近くの国場川はやんばる船の往来が盛んで、人の大きさぐらいの魚も泳いでいて、釣りをする人も多くいたと懐かしむ。

戦時中の記憶

戦争が始まると、屋比久さんは魚雷への恐怖や、緊張した疎開船の体験をした。また、命懸けで薬きょうを集めるなど、過酷な日々を送った。

現在も週3回、弟子の指導に当たっており、戦争の記憶を語り継ぐ活動を続けている。

出典:www.okinawatimes.co.jp