1944年の10・10空襲から10日で82年を迎える。空襲を避けようと疎開のため対馬丸に乗り込んだ天妃国民学校の児童の多くは8月、米潜水艦の攻撃で犠牲になった。
疎開先で聞いた「那覇全滅」
同校に通っていた長嶺清子さん(96)は、疎開先で「那覇全滅」の知らせを聞き、泣き崩れた。那覇を離れていても、沖縄への思いは変わらない。
対馬丸と天妃国民学校の悲劇
対馬丸には、学童疎開のため多くの児童が乗り込んでいたが、米潜水艦の攻撃で犠牲となった。天妃国民学校からも多くの児童が犠牲になった。
10・10空襲は、那覇市街を焼き尽くした大規模な空襲で、多くの市民が犠牲となった。長嶺さんは、その記憶を今も胸に刻んでいる。