10・10空襲から82年を迎え、ジャーナリストの清水潔氏が、米軍による焼夷弾使用の経緯について識者談話を寄せた。清水氏は、米軍が日本に対して無差別の焼夷弾攻撃を行う前に、日本側が先に無差別攻撃を行っていたと指摘する。
シェンノート氏の進言と重慶での目撃
清水氏によると、シェンノート氏は中華民国総統の蒋介石の顧問を務めており、重慶で焼夷弾の威力とその悲惨さを目の当たりにしていたという。この経験が、後の焼夷弾開発の提言につながったとみられる。
シェンノート氏が焼夷弾の開発を提言した際、ヘンリー・アーノルド航空参謀が関与していたとされる。清水氏は、この進言の背景に、日本軍による爆撃から「教訓を得た」ことがあったと解説する。
無差別攻撃の連鎖
米軍は日本軍の爆撃を参考に、焼夷弾による無差別攻撃を進言した。清水氏は、沖縄がその先駆けとなった可能性を指摘しており、10・10空襲はその一環として位置づけられる。
10・10空襲から82年が経過した今も、沖縄戦の記憶は語り継がれている。清水氏の談話は、戦争の非人道性を改めて問いかける内容となっている。