旧那覇市若狭町出身の故城間祥介さん(享年90)が1944年10月の米軍による無差別攻撃「10・10空襲」の惨状などを記した82年前の日記が、中城村の娘宅に残っていることが分かった。約9割が焼失した那覇を描いたスケッチもあり、17歳当時の困惑がうかがえる。
戦時下の教育現場と少年の葛藤
城間さんは1927年生まれで、空襲時は旧制中学の生徒だった。日記は1941年4月から晩年まで書きつづけられており、太平洋戦争開戦前からの記録には、戦時下の教育現場や少年の葛藤が克明につづられている。
「心臓も止まる様な音」の記述
日記には「敵機は尚も機銃射撃」「心臓も止まる様な音」といった空襲当時の生々しい記述があり、17歳の少年が見た惨状が生々しく伝わる。スケッチには約9割が焼失した那覇の街並みが描かれており、当時の困惑がうかがえる。
城間さんの記録は、戦争の記憶を後世に伝える貴重な資料として注目される。