元参院議員の山内徳信氏が死去 91歳 読谷村長6期、基地返還に尽力
元参院議員の山内徳信氏が死去 91歳 読谷村長6期

元参院議員で読谷村長を6期23年6カ月務めた山内徳信(やまうち・とくしん)氏が26日午前7時45分、老衰のため村内の施設で死去した。91歳。自宅は読谷村高志保。告別式は10月2日午後2時から3時半まで、読谷村座喜味1976の読谷村老人福祉センターセーラ苑で営まれる。喪主は妻のミサエさん。

村長として基地返還を推進

山内氏は1935年2月15日、読谷村生まれ。琉球大学卒業後、高校教諭として16年間勤務した。1974年に読谷村長に初当選。「人間性豊かな環境・文化村」の構想を掲げ、読谷補助飛行場での米軍パラシュート降下訓練に体を張って抗議するなど、日本政府や米軍に飛行場の返還を直訴した。

読谷補助飛行場内に役場庁舎や野球場を建設するなど、独自の「自治体外交」で基地返還を推進。村長在任中は伝統工芸の拠点整備や農畜産業など地場産業の振興にも力を注いだ。

県出納長や国政でも活動

1998年に当時の大田昌秀知事に請われて県出納長に就任。退任後の1999年には平和憲法・地方自治問題研究所を開設し、2000年からは「基地の県内移設に反対する県民会議」の共同代表を務めるなど、平和・反基地運動をけん引した。

2007年の参院選で社民党の比例代表候補として初当選し、1期務めた。国政でも米軍基地問題や平和憲法の堅持を訴えた。2013年に琉球新報賞を受賞。2023年には地方自治の進展と沖縄振興への功績が認められ、地方自治部門で県功労者に選ばれた。

出典:ryukyushimpo.jp